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研究ハイライト

 

<ハイライト1>
耳に聴こえない高周波が基幹脳を活性化し音の魅力を高める
<ハイライト4>
「多芸に通じる」には「一芸ずつ」より「多芸をいちどに」
<ハイライト2>
祭りが導くトランスは最強の快感のるつぼ、共同体結束のカギ
<ハイライト5>
そろばん達人の驚異的な暗算力は、非言語脳をフルに活用
<ハイライト3>
「不死の生命」の世界は進化も発展もない「死んだような世界」

 


 

1.耳に聴こえない高周波が基幹脳を活性化し音の魅力を高める

      〜ハイパーソニック・エフェクトの発見〜

 ハイパーソニック・エフェクトとは、人間の可聴域上限をこえる超高周波成分を豊かに含み高度に複雑に変化する音が、基幹脳――脳幹・視床・視床下部など、美しさ・快さ・感動を司る報酬系の拠点となるとともに体の恒常性や防御体制を司る自律神経系・免疫系・内分泌系の最高中枢をなす領域――を活性化する現象に基づく複合的な心身賦活反応の総称です。それは、領域脳血流の増大、脳波α波の増強、免疫活性の上昇、ストレス性ホルモンの減少、音のより快く美しい受容の誘起、音をより大きく聴く行動の誘導などに及びます。こうした効果をもつ音――ハイパーソニック・サウンド――は、人類の遺伝子が進化的に形成された熱帯雨林の環境音や邦楽をはじめとする民族音楽の中に見出されています。また驚くべきことに、耳に聴こえない超高周波振動を感受しているのは、耳ではなく体表面であることを明らかにしました。

ハイパーソニック・エフェクトの発見を告げる論文「聴こえない高周波音が脳の活性に影響を及ぼす=ハイパーソニック・エフェクト(Inaudible High-Frequency Sounds Affect Brain Activity: Hypersonic Effect)」は、2000年6月に、アメリカ生理学会の公式論文誌として百年近い伝統を誇る基礎脳科学分野でもっとも権威ある論文誌Journal of Neurophysiology (JNP)に発表されました。同誌では、過去の一万報を超える全掲載論文から毎月、「その前の1か月間にインターネットで講読された回数の多い論文ベスト50」を集計・公表し、そのうちトップ5のタイトルと著者名をそのトップページに掲げます。いわゆる「引用数」が関連分野に限定されるのに対して、このデータは、ずっと広範囲の世界の科学者たちの注目度を全般的に押さえうる点が評価されています。そのランキングのトップ5入りを果たしトップページに1回でも登場することは、世界の脳科学者たちにとってひとつの到達点であり、研究に対する有力な評価の指標になっています。ハイパーソニック・エフェクト論文は、2003年12月以来、このランキングのトップ5に55ヶ月間連続でランクされ(2008年6月時点)、うち第1位が24ヶ月に及ぶ、という前人未踏の大記録を樹立しました。

 人間の耳に聴こえない超高周波成分が音質におよぼす影響についてはかねてから学術、技術的な関心が存在し、音質評価実験の結果に基づいてそれを認めない音響学者と、体験的にそれを認めるアーティストやレコーディングエンジニアとの間で、立場の違いを背景にした意見の対立があり、解決されないままに放置されていました。私たちがこの解決困難な問題に取り組むにあたり、決定的な原動力となったのが、アーティスト・山城祥二と科学者・大橋力が一つの頭脳を共有する一人の人間であったことです。アーティスト・山城の感性にとって自明な超高周波の効果を科学的に証明することができないのは、その実験方法になんらかの問題があるのかもしれない、と考えた科学者・大橋は、音響学の分野に生命科学的なアプローチを導入し、これまでの実験方法を根底から見直すことにより、ハイパーソニック・エフェクトの発見を導きました。この発見に至るプロセスは、全方位非分化型アプローチによって単機能専門化の限界を打破したモデルケースとして、科学史・科学哲学の格好の研究対象となろうとしています。
 ハイパーソニック・エフェクトの発見は、SACDやDVD-Audioといった新しいデジタルオーディオフォーマット開発の直接の導火線となり、オーディオ業界やコンテンツ産業に大きなインパクトを与えています。その応用のために展開されているシステムやコンテンツ開発にも、文明科学研究所ならではの超領域・超専門の全方位非分化型のアクティビティが注入されています。

主な発表論文
  1. Inaudible high-frequency sounds affect brain activity: hypersonic effect, Oohashi T, Nishina E, Honda M, Yonekura Y, Fuwamoto Y, Kawai N, Maekawa T, Nakamura S, Fukuyama H, and Shibasaki H, Journal of Neurophysiology, vol. 83: 3548-3558 (2000)
  2. A method for behavioral evaluation of the "hypersonic effect", Yagi R, Nishina E and Oohashi T, Acoustical Science and Technology, vol. 24: 197-200 (2003)
  3. Modulatory effect of inaudible high-frequency sounds on human acoustic perception, Yagi R, Nishina E, Honda M and Oohashi T, Neuroscience Letter, vol. 351: 191-195 (2003)
  4. The role of biological system other than auditory air-conduction in the emergence of the hypersonic effect, Oohashi T, Kawai N, Nishina E, Honda M, Yagi R, Nakamura S, Morimoto M, Maekawa T, Yonekura Y & Shibasaki H, Brain Research, vol. 1073-1074: 339-347 (2006)
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2.祭りが導くトランスは最強の快感のるつぼ、共同体結束のカギ
〜「神々と祭り」による社会制御メカニズムとその生理学的基盤の解明〜

 西欧の近現代社会では文字で書かれた法律によって社会を制御するのが一般的です。これに対して、西欧以外の伝統的な共同体では、文字で書かれた法律に相当するものが見られなかったり、あったとしてもごく簡潔なものであるにもかかわらず、結果的に見事に社会を制御している事例がしばしば見受けられます。そのメカニズムを探るため、私たちは、社会人類学にシステム制御の概念を導入することにより独自のアプローチを築き、インドネシア共和国バリ島のように、傾斜地で水田農耕をおこなっているため「水争い」が社会的な葛藤の火種となる危険性が高いにもかかわらず、円滑な社会の運営を実現している伝統的共同体のフィールド調査をおこないました。

 その結果、祭りを運営する組織と水の分配組織とがちょうど縦糸と横糸のようにクロスして構成されることにより、祭り仲間の結束が水争いを防ぐ、というメカニズムが存在することを発見しました。その中心にあるのが「神々と祭り」です。祭りの生み出す陶酔的な快感と、神々に対する畏敬の念が、ちょうどアメとムチとなって、人間を自然にシステム化し円滑な社会運営を実現していることが明らかになりました。

神と祭りによるPush&Pull型制御

 さらにこうした祭りの中では、視聴覚情報がひきおこす爆発的な快感によって、参加者が精神変容状態(トランス)を呈することもしばしば観察されます。私たちは、バリ島の祭りのなかでトランス状態になった人から、特異的に活性化された脳波と血液中の生理活性物質を計測することに世界ではじめて成功しました。トランス状態では快適性の指標である脳波α波が劇的に増加すると同時に、ドーパミンやベータ・エンドルフィンといった安全無害ないわゆる「脳内麻薬」が血液中に桁違いに潤沢に放出されることを発見したのです。

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 これらの研究は、30年以上にわたって培ってきた現地共同体との強固な信頼関係の上にはじめて実現可能になったものです。また、こうした人間の自然な特性を巧みに利用して社会制御をおこなうやり方は、西欧近代以外のやり方の有効性をわかりやすく示しているものと考えられます。

主な発表論文
  1. Catecholamines and opioid peptides increase in plasma in humans during possession trances. Kawai N, Honda M, Nakamura S, Samatra P, Sukardika K, Nakatani Y, Shimojo N, Oohashi T, NeuroReport, 12: 3419-3423 (2001)
  2. Electroencephalographic measurement of possession trance in the field, Oohashi T, Kawai N, Honda M, Nakamura S, Morimoto M, Nishina E, Maekawa T, Clinical Neurophysiology, 113: 435-445 (2002)
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3.「不死の生命」の世界は進化も発展もない「死んだような世界」
     〜プログラムされた自己解体現象の発見とモデル化〜

 不老不死を追い求める西欧の価値観の中では、「死」は生命の敗北であり、忌み嫌うべき現象と捉えられています。しかしさまざまな民族の価値観を地球規模で概観してみると、たとえばアジアの「輪廻転生」の考え方に代表されるように、生態系を維持し次なる生命を生み出すための積極的な現象として「死」をとらえる価値観の方がむしろ主流といえるかもしれません。

 私たちは、厳密な生化学的手法を用いることにより、微生物の生息する環境の条件が著しく変動し、遺伝子に書き込まれた手持ちのプログラムによって適応することができなくなると、積極的に自分自身を解体してその材料を環境に還元する現象を発見しました。

 この知見にもとづいて、「生物の死と解体はあらかじめ遺伝子にプログラムされており、地球生態系の原状回復を支える重要なメカニズムであり、進化の過程で獲得された高度に洗練された生存戦略である」と位置づけた〈プログラムされた自己解体モデル〉を提唱しました。

オートマトンモデル

 さらに地球生態系のもつ不均一な環境条件をとりこんだ人工生命シミュレータSIVAを開発し、さまざまなコンピュータ・シミュレーション実験をおこないました。その結果、プログラムされた自己解体メカニズムを備えた人工生命体は、それをもたない不老不死の人工生命体よりも、生態系を原状回復することによって次々と増殖し、進化的にも有利であることを示しました。これらの実証的な知見は、地球生態系を危機に追い込んだ西欧近代の価値観と発想法の大幅な見直しを迫るものといえます。

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主な発表論文
  1. プログラムされた自己解体モデル, 大橋、中田、菊田、村上、 科学基礎論研究, 18, 2, 79-87 (1987)
  2. Artificial Life Based on the Programmed Self-Decomposition Model: SIVA, Oohashi T, Maekawa T, Ueno O, Kawai N, Nishina E and Shimohara K, Journal of Artificial Life and Robotics, 5: 77-87 (2003)
  3. An Effective Hierarchical Model for the Biomolecular Covalent Bond: An Approach Integrating Artificial Chemistry and an Actual Terrestrial Life System, Oohashi T, Ueno O, Maekawa T, Kawai N, Nishina E, Honda M, Artificial Life, 15: 29-58 (2009).
解説書
  1. 「プログラムされた自己解体モデル」,下原勝憲,『人工生命と進化するコンピュータ』内PP.149-159, 工業調査会 (1998)
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4.「多芸に通じる」には「一芸ずつ」より「多芸をいちどに」
   〜メタファンクショナル・アプローチの有効性の検証〜

 スポーツトレーニングでは、例えばフォアハンドを100回、その後バックハンドを100回、というように運動パターンごとに分けてそれぞれを集中的に練習するのが一般的です。ところが、さまざまな新しい状況で運動を学習させる行動実験を通じて、このような一点集中のブロック型の反復訓練では、すぐに学習効果があらわれるものの、別の学習をおこなうことによって以前に学習した能力が簡単に失われてしまうのに対して、複数のパターンを時間的にランダムに混ぜて同時に訓練すると、上達は遅いけれども複数の技能がよく記憶に残り、最終的な学習効果が高まることを発見しました。これは、単機能専門型の能力開発の限界とメタファンクショナルな能力開発の有効性を実験的に証明したものであり、文明科学研究所の重要な能力開発戦略のひとつであるメタファンクショナル・アプローチが、人間のハードウェアとしての脳との適合性が高いやり方であることを示しています。

ブロック型とランダム型学習の効果

主な発表論文
  1. Osu R, Hirai S, Yoshioka T, Kawato M (2004) Random presentation enables subjects to adapt to two opposing forces on the hand. Nature Neuroscience, 7:111-112.
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5.そろばん達人の驚異的な暗算力は、非言語脳をフルに活用
  〜驚くべき非言語脳の潜在的活性とその活用方法の探究〜

 私たちは暗算をおこなうとき、言語化された数を計算のルールに従って脳の中で操作し、その結果を言語として保持することをくり返して、計算を進めていきます。この場合、2桁の足し算でもかなりの困難を伴います。これに対してそろばんの達人は、そろばんという具体的な道具の使用に習熟した後、系統的な訓練によって段階的にそろばんをバーチャルに非言語脳の中にインストールします。この脳内そろばんを巧みに操ることにより、言語的な情報処理に頼ることなく最大13桁もの暗算、しかも四則演算だけでなく平方根の計算までを楽々とこなすことができるようになります。

そろばんの達人と素人が暗算を行っているときの脳活動

 そろばん熟練者が悠々と6桁の暗算を行っているときの脳活動を磁気共鳴機能画像で調べてみたところ、左右の非言語脳がバランスよく強く活性化していることがわかりました。これに対して、素人が1桁の暗算を必死でおこなっているときには、言語脳に相当する左脳に強く偏った活動がみられることもわかりました。これらの結果は、非言語脳が潜在的にもっている活性が、言語脳のもつ能力とは比較にならないくらい高い潜在能力をもっていることを示しているものと考えられます。

主な発表論文
  1. Hanakawa T, Honda M, Okada T, Fukuyama H, Shibasaki H (2003) Neural correlates underlying mental calculation in abacus experts: functional magnetic resonance imaging study. Neuroimage 19:296-307.
  2. Tanaka S, Michimata C, Kaminaga T, Honda M, Sadato N (2002) Superior digit memory of abacus experts: an event-related functional MRI study. Neuroreport 13:2187-2191.
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