文明科学研究所音と文明>出版祝賀会スピーチ

 

 

「大橋 力先生の『音と文明』出版と古稀を祝う会」で寄せられた言葉

注)この「寄せられた言葉」は、祝う会のなかでのご挨拶を事務局がまとめたものです。

 >> 発起人代表のご挨拶
   長尾 眞先生 (京都大学総長・発起人代表)

 >> 実験事実に基づいて常識を破る
   河合隼雄先生 (文化庁長官、京都大学名誉教授)

 >> 「こころの耳」で聴くメッセージ
   小倉和夫先生 (国際交流基金理事長)

 >> 音の世界は文明・文化によって違う
   日高敏隆先生 (総合地球環境学研究所所長、前滋賀県立大学学長)

 >> 交響楽としての『音と文明』
   原島 博 先生 (日本バーチャルリアリティ学会会長、東京大学大学院情報学環長)

 >> 「古来稀なる人」を祝う
   辻井 喬 先生 (詩人、作家)

 >> 民族藝術学における「青天の霹靂」
   木村重信先生 (民族藝術学会会長、兵庫県立美術館館長)

 >> 音環境学の重要性
   山崎芳男先生 (日本音響学会会長、早稲田大学国際情報通信研究教授)

 >> 歴史に残る大著
   山口昭男様 (岩波書店代表取締役社長)

 


発起人代表のご挨拶
長尾 眞先生 (京都大学総長・発起人代表)

 今日は大橋先生の『音と文明』というすばらしい大著の出版記念、そして古稀のお祝いということで、先生の様々な分野のお友達が三百人も一堂に会しました。先生には、本当におめでとうございます。ただいま芸能山城組の皆様によってガムランが演奏されましたが、私も20kHz以上の高周波音によって不思議な感覚の世界に誘われつつございます。これは、まさに先生の理論の現れではないかと思います。
 先生はこの本で、今までの学問世界で常識と考えられていたことを打ち破った新しい事実をご紹介になりました。しかも、その事実をご自身の実験によって実証的に示しておられます。これは本当にすばらしいことだと思います。たとえば、人間の存在にとって必須の音があるということを示されました。普通、誰もが静かな方がいいと思っていますが、「まったく音のない世界というのは、人間にはとても耐えられない。熱帯雨林などへ行くと、本当に豊かな音が満ち満ちている。これが人間にとって本当の糧となっている」ということを書いていらっしゃいます。このようなことは、今まで誰も気がついていなかったことではないかと思います。
 先生は、熱帯雨林の音や、ガムラン音楽の音がどのように人間に作用しているのかということを、最先端の技術を使って実証的に示されました。高周波音が脳に与える活性についても厳密に科学的に調べられました。これは、音と人間との関係において本当にすばらしい成果だと考えます。現在は、様々な分野で「デジタルの世界でなければ世界にあらず」という状況になってきていますが、それを超えたアナログの世界にこそ人間にたいへんなインプレッションを与える何かがある、ということを如実にお示しになっています。
 当初の予定では、先生は「音の環境学」というタイトルでご執筆になるご予定で、このような大著になるとは私も思っておりませんでした。しかし、「音の環境学」としてご執筆を進められる中で、文明社会のあり方、西洋文明と東洋文明の特質、人間の感受性、人間本来の聴くべき音、発すべき音など、それらをご自身で考え、新しい学問を構築していかれたわけです。その結果、文明を論じつつ、その中でご自分の研究成果がどのように位置づけられるか、あるいはご自分の研究成果を通じて西洋文明・東洋文明というのをどのように見るべきかというところにまで発展して『音と文明』ができあがりました。その内容に、私自身も深く感銘を受けています。
 私と大橋先生との出逢いは二十年以上前のことになります。先生の研究発表やお話を一度でも聞くと、「これはすばらしい方だ」と思います。本日ここにいらっしゃる皆さんもそうではないかと思います。実は、私もその一員でした。その後、大橋先生のやっておられることをずっと注目しておりましたが、たまたま岩波書店から『科学/技術と人間』という講座を出すことになり、「科学技術が無謀な発展をしていくのではないか」「そうした中で人間というもののあり方はどうなのか」あるいは「人間にとって科学技術とはどういったものであるか」ということを真剣に考えなくてはならないことになりました。その中に「アナログとデジタル」というテーマを設けて、これをぜひ誰かに論じてもらおうということになったのです。そのとき私はピンときて、「これはもう大橋先生をおいてない」ということで編集委員の方々にはかり、「アナログとデジタル」というすばらしい論文を書いていただいたわけです。それが出版されたのが、1999年でした。その後、岩波書店から、非常にすばらしい内容なので、ぜひご自分で心ゆくまでお書きになる本を出版したいというお話がありました。これは絶好の機会と考え、「音環境学」という枠組みでお書きになったらよろしいのではないかというお話をいたしました。
 大橋先生はバリ島やいろいろなところで、どういう本の構成にするか随分お考えになったのではないかと存じます。その結果、三年余りの悪戦苦闘、あるいは楽戦倶闘かもしれませんが、この六百ページの大著が結実しました。しかも、単なる学問の書、技術の書ではなく、文明と科学技術、あるいは文明と音との関係について、しっかりした内容になっており、このような本はおそらく世界中どこを探してもないのではないかと思います。皆様方におかれましては、先生のこの本の本当の良さ、学問世界あるいは人間世界全体に与える意味というものをお汲み取りいただき、近隣の方々にも是非読むようにおっしゃっていただけるとたいへんありがたいと思っています。私も先日、台湾の中央科学院の総裁が京都大学に来られた折、「こんなすばらしい本が出ました」といって差しあげました。総裁は日本語がよくおわかりになるので、たいへんに喜ばれてこれから勉強するとおっしゃっていました。
 今日は『音と文明』の内容にも深く関わるガムラン音楽などの芸能山城組のパフォーマンスも楽しませていただけるようです。どうぞ今宵は楽しくお過ごしいただき、大橋先生の業績を讃えていただければたいへんありがたいと存じます。本当に今日は、たくさんの方においでいただきましてありがとうございました。

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実験事実に基づいて常識を破る
河合隼雄先生 (文化庁長官、京都大学名誉教授)

 大橋先生の出版、そして古稀を祝う会を心からお祝いいたします。七十歳を超える方が珍しくない世の中になりましたが、慣例にならい「古稀」のお慶びを申しあげます。
 大橋先生というとよその人のように思えるので、大橋さんと呼ばせていただきます。この『音と文明』には大橋さんらしさがよく出ています。つかみどころがあるようなないような、ひろがるといえばどこまでもひろがるかわからない。文明もそうですが、海や山を越えてやってきて、どんどんひろがっていく。とにかく非常に特徴的なものを書かれた。
 以前から私が感心していましたのは、長尾先生も言われましたように、大橋先生は学界の常識に全然とらわれず、どんどん新しいことをやっていかれることです。私も学界の常識にとらわれない方ですが、大橋さんは実験や事実に基づいて発言されるところが偉いところだと思います。
 『音と文明』には、常識を破って人間が生きるとはこういうことか、と感じさせるものがあります。大橋さんが学者であって学者でない、科学技術と芸術とを両方をやっておられる意味が、この本によく現れていることを喜んでおります。それでは乾杯させていただきます。

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「こころの耳」で聴くメッセージ
小倉和夫先生 (国際交流基金理事長)

 大橋先生、本日はおめでとうございます。出版記念および古稀のお祝いとのことですが、私は大橋先生および山城組の活躍によって、さまざまな影響を与えてくださったことへ感謝をいたします。
 先生との出逢いは十五年ほど前、バリ島にケチャやガムランのための劇場をつくるというお話を伺い、その現地でご一緒させていただいたことがご縁の始まりでした。大橋先生が、私のアジアへの扉を開いてくださいました。その後、韓国やベトナムに行った際、楽器や音楽にふれることができたのも先生のおかげです。十年近く先生にはお会いしていませんでしたが、音には聴こえない音があり、それを聴くのは心の耳でないと聴けないということを、あちらこちらで外交官として生活するなかで感じていました。
 これから、この『音と文明』にみちあふれている「大橋節」を、心の耳でも聴きたいと思います。本当の音の世界とともに、心の世界でも大橋先生にご活躍いただきたいと思います。

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音の世界は文明・文化によって違う
日高敏隆先生 (総合地球環境学研究所所長、前滋賀県立大学学長)

 新しい国立研究所である総合地球環境学研究所の日高です。
 大橋先生とどこで知り合ったかはよく憶えていないのですが、とにかくいろいろなところでしょっちゅう出逢っています。以前、「仮面の世界」というシンポジウムで河合隼雄先生とお会いして「面白いところで出逢いますね」と挨拶したところ、その仕掛けは大橋先生だったとわかったわけです。河合先生や大橋先生から、「日高先生は哲学のやるべきことを自然科学でやったのだ」と言われましたが、考えてみたらこれぞ大橋先生がまさに昔からやってこられたことだという気がします。また、山城組の夏のケチャまつりなども拝見しています。
 僕自身は動物行動学を研究しており、「音」についてはいろいろなことを感じています。先ほど「かめさんとはりねずみ」というブルガリアの歌を聴きましたが、僕はフランスにいたときに野生のハリネズミを飼っていました。かわいいので撫でたいと思うのですが、トゲだらけで到底撫でられません。ハリネズミは、餌のミミズを入れてやっても、それだけではミミズを見つけることができません。ところが、ミミズが枯葉の上に落ちる「カシャ」というかすかな音がすると、そこへターッと一目散に走っていきます。聴こえないくらいの小さな音をたててやると、実に敏感に反応する。実はハリネズミは、超音波を聞いているのです。彼らにしてみると、小さい音がするとそこにエサがあると感じ、大きなドサーンというような音がしたときは恐れを感じる、ということで世界を感じているらしいのです。音は彼らにとっても非常に大事なものらしい、ということがわかりました。
 また、ストラスブールにおりましたときに、教会で演奏会があり、曲目がバッハでした。その教会にいた修道女たちは、体を振りながらバッハの音楽を聴いています。僕も真似して同じようにしてみたら、バッハの音楽の楽しさがわかりました。日本に帰ってきてあるコンサートに行き、バッハを体を振りながら楽しんでいたら、まわりの人々がすごく怖い目をして僕を見ている。「これは文化が違うんだな」とつくづく思いました。大橋先生も昔から、そういうことを感じておられたのだろうなと思うのです。
 はじめは「音の環境学」として始まった本を『音と文明』というタイトルに変えたらどうですかと岩波書店の佐藤妙子さんがおっしゃったと書かれていますが、その慧眼に僕は驚きました。僕は動物を観たり人間を観たりしていますと、そこにある音の世界というものは、文明、文化によってもみな違う。「音と文明」あるいは「音と文化」というのは大事なことだと思っております。
 この本にはすごいデータがいっぱい入っていて、とにかく大橋先生はすごいと感心しております。これからもお元気でますますがんばって、「音と文明」についてのお話をさらに展開していただき、また面白い本を書いていただきたいなと思っております。本当に今日はおめでとうございます。

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交響楽としての『音と文明』
原島 博 先生 (日本バーチャルリアリティ学会会長、東京大学大学院情報学環長)

 本日挨拶をする話をいただきました時には気軽にひきうけてしまったのですが、実は今かなり後悔しております。なにしろ日ごろ尊敬している神様のような方々に挟まれての挨拶であります。
 しかし、大橋先生とはもう十五年ほど前からおつきあいさせて頂いておりますが、神様とのつきあい方も教えていただきました。それは絶対に背伸びはしてはいけない、自分自身に素直になれということであります。
 正直言いまして、初めてお目にかかったとき、大橋先生は怖い神様でいらっしゃいました。サングラスをかけておられ、にこりともなさらなかった。こういう怖い神様にはあまり近づかない方が身の安全だと思っておりました。
 ところが、その数ヵ月後だったと思います。ある学会のシンポジウムで長尾先生に「情報の生態学」というご講演をいただいたとき、そのすぐ後に大橋先生と一緒にパネル討論をする機会がありました。そのときに、あろうことか先生のすぐ隣に座ることになってしまったのです。緊張しました。すぐ隣に神様がおられるわけですから、何かかっこいいことを話さなければならない・・・。
 でも、その後不思議な体験をしました。怖いはずの、緊張しているはずのパネル討論が、次第に私にとって快感になっていったのです。言葉を戦わすパネル討論の筈なのに、あたかも一緒に交響楽を奏でているような、そのような感覚でした。
 大橋先生の魔力だと思います。あるいは隣で緊張している私へ何とかしてあげようという先生の気配り、優しさだったのかもしれません。
 それから十五年、大橋先生には本当にかわいがっていただきました。バリ島には何回も連れていっていただきました。イタリアでおいしいものをごちそうになったこともありました。私はそのご厚意に素直に甘えさせていただきました。
 そして今回、『音と文明』を出版されるにあたって、まだ草稿の段階でしたけれども読む機会を与えていただきました。六百ページ、正直三日間かかりました。お読みになった方はかなりいらっしゃるかと思いますが、私にとってはまさに快感でした。交響楽を聴いているかのような感じでした。ベートーベンの交響楽は第9番までですが、大橋先生の交響楽は第10章まであります。まだお読みになっておられない方々がいらっしゃいましたらぜひ声を出してお読みになることをお薦めします。そうすることによって何とも言えない快感を味わえるはずです。
 もしかしたら、大橋先生は「そのような読み方は邪道である。ちゃんと内容を味わえ」とおっしゃるかもしれません。たしかに内容もかなり濃いものがあります。学者としての大橋先生の集大成がそこにあります。たとえば私は現在バーチャルリアリティ学会の会長をしておりますが、大橋先生は「熱帯雨林の湿度・温度・風、それを全部実現するようなバーチャルリアリティでなければならない」とおっしゃいます。それを全部実現することを目的としていれば、バーチャルリアリティ学会は永遠につぶれることはないと私は安心しました。
 しかし私にとっては、やはり大橋先生のご本は交響楽でした。まだ10章までしか書かれておりませんが、ぜひ11番、12番、13番を楽しみにしております。
 今日は古稀のお祝いもかねているということで、そうなると次のお祝いは喜寿ということになります。けれども、私はとても待っていられません。第20番まである次のご本の出版記念パーティーをぜひ数年後には開いていただきたい。そのときにはぜひまた私にご挨拶をさせていただきたいと思っております。
 今日はあまりお話いたしますとそのときお話することがなくなってしまいますので、この辺で終わりにいたします。本日は本当におめでとうございました。

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「古来稀なる人」を祝う
辻井 喬 先生 (詩人、作家)

 私と大橋さんはたいへん長いご縁で、四十年を超えるかと思います。最初の頃、“ふたまた会”というのをつくろうかという話をしておりました。『音と文明』のあとがきにもちょっと出てきますけども、ふたまた会というのは、決して偉くならない人の会です。
 毎年秋になると叙勲のお祝いがあります。その叙勲のお祝いの言葉を聞いておりますと、「何々先生はこの道一筋、真に研鑚を積まれまして、今日の栄誉を得られました」というスピーチがよくあります。しかし、「何々先生はあれこれおやりになりまして、何が専門かよくわかりません」という祝辞は聞いたことがないわけです。したがって、決して偉くならない。そういう点では、私と大橋さんは共通したところがあります。
 しかし、今度の『音と文明』を読みまして、ちょっとびっくりしました。こんな深い学識がある方とは実は思っておりませんで、今まで尊敬をするのが少し足りなかったのかと思いました。
 先ほどから伺っておりますと、『音と文明』についてのお話は随分出るんですけど、古稀のお祝いという話題はあまり多くないような気がいたしました。それは無理もないのでありまして、大橋さん自身が古稀という感じがしないのであります。しかし、先ほどもお話がありましたように、文明批評を伴う学術書、あるいは実践家が書いた理論書、そういうのは古来稀です。したがって、そういう意味で古稀のお祝いというのは、古来稀なことをする人のお祝いかなあという気がしています。背伸びをするなということを大橋さんは後輩の大先生におっしゃったようですけども、私は大橋さんと会ってからいつも背伸びをしておりました。会う人に背伸びをさせておいて、人には背伸びをするなというのも、これも古来稀な指導者ではないかというふうに思っております。どうぞこれを機会に、古来稀ぶりをますます発揮なさって、さらにいい仕事をなさって、私たちの蒙を啓いていただければ、こんなありがたいことはない。これをもって、お祝いの言葉にかえたいと思います。ありがとうございました。

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民族藝術学における「青天の霹靂」
木村重信先生 (民族藝術学会会長、兵庫県立美術館館長)

 大橋先生は今度の本で日本の尺八やバリのガムランを精細に分析されています。それを通して、言葉(ロゴス)によって捉えることのできない音の響きが、信号構造において、人類の遺伝子に約束された本来の音環境であるということを明らかにされました。そして、先ほどのお話のように、サウンド・エコロジーという新しい学問を提唱されているわけです。
 私も、もう三十年以上前ですが、同じ岩波書店から『はじめにイメージありき』という書物を出しました。これは、「はじめにロゴスありき」というのは真実ではないこと、つまりイメージはロゴスに従属するのではなく、イメージからロゴスが抽象され、イメージのはたらきを基礎にして象徴的な思考が可能になり、その結果として哲学や科学が生まれたことを、世界各地の美術を通じて実証したのです。美術と音楽と対象は違いますが、大橋先生の立場あるいは考え方は、私と共通するところがあると感じております。
 ところで、二十年ほど前に、大橋先生たちと相談して民族藝術学会をつくりました。民族藝術とは何かを一言では言えませんが、あえて申しますと、大文字で単数の ARTに対して、小文字で複数のarts、つまり生活に密着した芸術ということであります。現在、会員が千五百名ほどおりまして、人文系の学会としてはかなり大きなものになりました。
 数年前にバリ島でその民族藝術学会の大会を行いました。バリ島には大橋さんが手厚いサポートをされているヤマサリという芸能集団があります。そして大橋さんはそのヤマサリが本拠とする非常に立派な劇場も造られました。今度の本では、バリ島のガムランが非常に重要な要素になっています。このガムラン研究が非常に精細で、しかも説得力があるのは、このような具体的な実践活動に支えられているからであります。
 今度の本は自然科学書としてたいへんユニークですが、芸術学の世界におきましても、本の中のタイトルを借りれば、まさしく「青天の霹靂」でした。おそらく大きな雷鳴がとどろくであろうと思います。大橋さんの『音と文明』に対して、最大の敬意と共感を表明します。

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音環境学の重要性
山崎芳男先生 (日本音響学会会長、早稲田大学国際情報通信研究科教授)

 本日はおめでとうございます。『音と文明』の帯に長尾先生が書かれた推薦文によりますと、「音響学の常識を完全に打破し」とありますが、その音響学という学会の会長をおおせつかっています。私の専門はデジタル信号処理で、先ほどからデジタルはアナログに較べてだめなものの代表になっておりますが、デジタル対アナログではなく、私は個人的には、本物あるいはコミュニケーションによる多様性が重要なキーと考えています。
 十数年前、コウモリや犬、猫も聴ける超高周波まで記録できる録音機の、まだ湯気のでている試作品を大橋先生にお使いいただきました。時には動かなかったり、雨に濡れてひやひやしたりといろいろありましたが、工学部にいる人間としては、先生にフィールドで使っていただけたことがたいへんありがたく、今後もできる限りのご注文に応じ、先生の研究のご援助をさせていただきたいと思っています。
 先生は音環境学という学問分野をおつくりになりました。早稲田大学では、音環境プロジェクトを十年前からつくり、ときどき先生からもご指導いただいています。地球温暖化が進み、地球人口も急増し、いま六十億にも達している状況をスマートに解決するためには、コミュニケーションがキーになるのではないでしょうか。ユネスコの調べでは、毎年五百くらいずつ言語がなくなっています。多様な言語やお祭りが復興することが重要ではないかと思います。こういう点も、先生のお力添えなしにはできないと思います。
 来年四月に、三年に一度の非常に大きな国際音響学会ICAが京都で開かれますが、先生のご研究およびその周辺のお仕事がこの学会の柱になってくると思われます。どうぞ、今後ともご指導をよろしくお願いいたします。

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歴史に残る大著
山口昭男様 (岩波書店代表取締役社長)

 大橋先生にお祝いとお礼のことばを一言申しあげたいと思います。
 最初に長尾先生がお話しになりましたように、この本の誕生のきっかけとなりましたのは岩波講座の「科学/技術と人間」というシリーズに掲載された一論文でございました。四年前ですが、私もこの講座の編集を担当しておりましたので、感慨深いものがございます。そのときの論文は「アナログとデジタル」というタイトルで、五十〜六十枚のものだったのですけれども、私のような素人にもたいへんわかりやすくおもしろいものでした。そこで、ぜひこれを一冊にしていただきたいとお願いしたのが最初です。そのときは六百ページになんなんとする大著になると思っておりませんでした。
 今日が地上デジタル放送の開始日ですけれども、そのあり方の参考となるようなもの、あるいはアナログのすばらしさを伝えるという内容の本になると思っておりましたところ、拝読しておどろきました。それをはるかに超える広がりのある本でした。これをお読みになった方はおわかりになると思いますが、岩波書店にとっても財産になる本、歴史に残る本になると、本当にうれしく思っております。それは、大橋先生が音楽の実践と自然科学の研究を積み重ねてこられた、その総合化の結実だろうと思います。大橋先生と、先生をささえてこられたスタッフの皆さんのご尽力のたまものと思っております。
 しかし、この本が最終章、最終楽章ではけっしてないと思います。この本の中にも書かれておりますように七十代、八十代はまだまだ現役です。次には喜寿の会、そして米寿の会として、もう一回大著を上梓していただきたい、そう願ってやまないということを申しあげて、出版社としての挨拶にかえさせていただきます。どうもありがとうございました。

 
文明科学研究所音と文明>出版祝賀会スピーチ

 

(C) Tsutomu OOHASHI / Iwanami Shoten
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