交響楽としての『音と文明』
原島 博 先生 (日本バーチャルリアリティ学会会長、東京大学大学院情報学環長)
本日挨拶をする話をいただきました時には気軽にひきうけてしまったのですが、実は今かなり後悔しております。なにしろ日ごろ尊敬している神様のような方々に挟まれての挨拶であります。
しかし、大橋先生とはもう十五年ほど前からおつきあいさせて頂いておりますが、神様とのつきあい方も教えていただきました。それは絶対に背伸びはしてはいけない、自分自身に素直になれということであります。
正直言いまして、初めてお目にかかったとき、大橋先生は怖い神様でいらっしゃいました。サングラスをかけておられ、にこりともなさらなかった。こういう怖い神様にはあまり近づかない方が身の安全だと思っておりました。
ところが、その数ヵ月後だったと思います。ある学会のシンポジウムで長尾先生に「情報の生態学」というご講演をいただいたとき、そのすぐ後に大橋先生と一緒にパネル討論をする機会がありました。そのときに、あろうことか先生のすぐ隣に座ることになってしまったのです。緊張しました。すぐ隣に神様がおられるわけですから、何かかっこいいことを話さなければならない・・・。
でも、その後不思議な体験をしました。怖いはずの、緊張しているはずのパネル討論が、次第に私にとって快感になっていったのです。言葉を戦わすパネル討論の筈なのに、あたかも一緒に交響楽を奏でているような、そのような感覚でした。
大橋先生の魔力だと思います。あるいは隣で緊張している私へ何とかしてあげようという先生の気配り、優しさだったのかもしれません。
それから十五年、大橋先生には本当にかわいがっていただきました。バリ島には何回も連れていっていただきました。イタリアでおいしいものをごちそうになったこともありました。私はそのご厚意に素直に甘えさせていただきました。
そして今回、『音と文明』を出版されるにあたって、まだ草稿の段階でしたけれども読む機会を与えていただきました。六百ページ、正直三日間かかりました。お読みになった方はかなりいらっしゃるかと思いますが、私にとってはまさに快感でした。交響楽を聴いているかのような感じでした。ベートーベンの交響楽は第9番までですが、大橋先生の交響楽は第10章まであります。まだお読みになっておられない方々がいらっしゃいましたらぜひ声を出してお読みになることをお薦めします。そうすることによって何とも言えない快感を味わえるはずです。
もしかしたら、大橋先生は「そのような読み方は邪道である。ちゃんと内容を味わえ」とおっしゃるかもしれません。たしかに内容もかなり濃いものがあります。学者としての大橋先生の集大成がそこにあります。たとえば私は現在バーチャルリアリティ学会の会長をしておりますが、大橋先生は「熱帯雨林の湿度・温度・風、それを全部実現するようなバーチャルリアリティでなければならない」とおっしゃいます。それを全部実現することを目的としていれば、バーチャルリアリティ学会は永遠につぶれることはないと私は安心しました。
しかし私にとっては、やはり大橋先生のご本は交響楽でした。まだ10章までしか書かれておりませんが、ぜひ11番、12番、13番を楽しみにしております。
今日は古稀のお祝いもかねているということで、そうなると次のお祝いは喜寿ということになります。けれども、私はとても待っていられません。第20番まである次のご本の出版記念パーティーをぜひ数年後には開いていただきたい。そのときにはぜひまた私にご挨拶をさせていただきたいと思っております。
今日はあまりお話いたしますとそのときお話することがなくなってしまいますので、この辺で終わりにいたします。本日は本当におめでとうございました。
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